« 甲冑の部品あれこれ其の三 | トップページ | 播磨国参戦記 »

長宗我部元親について

長宗我部元親(ちょうそがべもとちか)読みづらい・・・crying

Middle_1241533586 この方!土佐の出来人

土佐一国から、四国制覇を達成したのじゃ!

父、国親が覇業半ばで、亡くなり若くして当主の座についたのでござる。

幼き頃は、性格が柔和でぼんやりしておったので「姫若子」ひめわことあだ名されておったのでござる。

初陣に際しても、槍の突き方さえ解らなかったのじゃ!

そこで、家臣の秦泉寺豊後(じんぜんじぶんご)から「槍を使うには、敵の目を突くのが肝心」と教えられたのじゃが、「なんだ、それでよいのか」と、50騎ばかりを率いて敵陣に馳せ入り、自在に槍を操って敵勢を突き崩したのじゃ!

ついで、潮江城攻略の祭も、一番乗りの功績をあげて武名を高めることになったのじゃよ!

家臣一同は、この武者振りを見て「智謀勇気兼備して、尤も大将の才なり」と元親に信頼を寄せるようになったのでござるheart04

Img_1538 土佐の出来人が誕生したのじゃよ!

↑しかし、信長からは「元親は、鳥なき島の蝙蝠なり」といったそうじゃ!

四国制覇の最強兵力であったのは「一領具足」であったのは間違いないlovely

「一領具足」は隣国伊予にもあり、肥後でも「一領一疋」”いちりょういっぴき”関東のほうでも「一疋一領」と同じような制度が存在したんじゃ!

(野武士などに具足を与え、弓・鉄砲・太刀打ちを調練した。普段は、農地の耕作などをしておるのじゃ!)

歴女の皆様から見ればこんな感じに・・・。

1241533296 結構、人気あるみたいでござるΣ(゚д゚;)

それがし、これより播磨の国へwine宴に招かれておるゆえ

いざ出陣なり(中国大返し風に)

|

« 甲冑の部品あれこれ其の三 | トップページ | 播磨国参戦記 »

コメント

像、すごくカッコイイですね。
もう一つの写真は・・・北○の拳みたいな感じでスバラシイ!

投稿: paru_tnk | 2009年12月12日 (土) 12時56分

「一領具足」は法螺貝1つで戦に馳せ参じるイメージがあります。
歴女の皆様のは・・・歴史を歪めないで下さい。

投稿: しえんか | 2009年12月13日 (日) 08時16分

そちらの宴はどうでしたか?

こちらの宴はイロイロありました。

投稿: コタロウ | 2009年12月13日 (日) 11時33分

長旅ご苦労様でした。
楽しい宴だったかなbeerbarup
飲んで飲んで飲みまくるのですhappy01

投稿: 海月 | 2009年12月14日 (月) 15時58分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1286135/32579775

この記事へのトラックバック一覧です: 長宗我部元親について:

« 甲冑の部品あれこれ其の三 | トップページ | 播磨国参戦記 »