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大石内蔵助ってステキ!

昨日も話したが、大石内蔵助と備中松山藩!

大石内蔵助は、元禄7年松山藩主”水谷家”が無嗣(むし)の為に断絶したので、受城使の任を受け備中松山城に赴いたのでござる!

藩がなくなっても、城は残るのじゃが、次の大名が入府するまで、誰かが管理しなければならんのじゃよ!

通常、近隣の藩主もしくは、国家老がその任を務めるのじゃが、この時は赤穂藩浅野家が任命されたのじゃ!

Mastuyama1 備中松山城

この時、収城使は、備中松山藩家老”鶴見内蔵助”が任命されたのじゃよ。

(歌舞伎”二人内蔵助”はここから)

大石内蔵助は「元禄赤穂事件」後、赤穂のお城の収城使もこなしておるぞ!

受け取り、受け渡しともやった家老は大変珍しいのでござる!!

(゚ロ゚屮)屮

次の安藤氏が、入府するまでの1年半、松山城に在番したんじゃ!

城の調査などで、たびたび登城したのじゃが、その時に腰掛けた石が今でも残っておるんじゃぞ。

(下太鼓丸付近にあるのじゃ!看板もあるので注意して登城すると良いぞ。)

忠臣蔵は、過度に脚色されておるが、やはり日本人好みでござるよheart04

少なからず、備中高梁と縁があるので益々好きになったのじゃよ!

(幕末の新撰組にも、松山藩士がおるんじゃ!そのうち紹介するぞよ)

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コメント

"二人の内蔵助"のエピソードですが、僕の中では微妙です。

投稿: しえんか | 2009年12月 6日 (日) 23時53分

14日は赤穂に行かれまするかな?smile

投稿: ピン | 2009年12月 7日 (月) 16時41分

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