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戸次鑑連(立花道雪)の話

武田信玄も、一度戦ってみたい相手に名を上げているのでござる。

Dousetsuzo ”鬼道雪”

大友宗麟の家臣で、不敗の猛将といわれておるのじゃ!

戸次鑑連(べっきしげつら)後に、”立花道雪”と名乗るhappy01

この御仁も、生涯三十七度に及ぶ合戦を繰り返したが、不敗の伝説を残しておるんじゃ。

若い頃、夏の暑い日に木陰で休んでいると、近くに雷が落ちたのじゃ!

鑑連は、”千鳥”と言う名刀で雷らしきものを切ったcoldsweats02

以来その刀を、”雷切”と名づけ肌身離さず身につけておったそうじゃよ。

しかし、雷に討たれた事が元で、歩行困難となってしまうのでござる。

それ以後、戦場には輿に乗って出陣horse

輿の周りには、百人ほどの若い旗本で固め、大声で叱咤し敵陣へ突入して行ったのでござるよcoldsweats02

「士に弱き者はなきものなり、もし弱き者あらば、その人の悪しきにはあらで、その大将の励まさざるの罪なり」

(常山紀談)

「侍に、はじめから弱い者はいないのだ、もし弱い者がいるとしたら、それは本人のせいではなく、その侍を上手く励まして使わない大将が悪いのだ」と

戦場で少しでも、武者ぶりの良い者を見つけると、すぐに呼び大いに褒めたのでござる。

しかし、中には武功を上げられぬ者がおる、その者には、

「功名あるなしは、時の運よ。お前が決して臆しておるのではない事は、わしは知っておる。だから、戦場では人にそそのかされたり、抜け駆けしたり、討ち死にするではないぞ。」

と、言い聞かせたそうじゃ!

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コメント

やはり、リーダーたる者、こうでないと、人は動かないし、ついて来ないでしょうね。

投稿: コタロウ | 2010年2月10日 (水) 22時54分

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