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兜を交換!?

源平の一ノ谷合戦で、義経が逆落としを敢行した”ひよどり越え”の峻険さを意匠に取り入れた”銀泥塗一ノ谷形兜”

012 長政公の兜は”銀箔押一ノ谷形兜”でござる。(銀箔が燻銀となり、実に渋いlovely

本来は”福島正則公”の兜であったが、文禄の役の後、友情の証として”長政公の黒漆塗桃形大水牛脇立兜”と交換したのじゃ!

関ヶ原の合戦では、お互いの兜をかぶったと言う。

天保十五年に、福島家から再び黒田家に返還され、どちらの兜も黒田家の代名詞となったのでござるよ。

”銀箔押一ノ谷形兜”も、もともとは竹中半兵衛所用だったとか?

「幸いなる木楯あるに用いざるは、汝が無分別なり」

(名将言行録より)

ある時、長政が狩をしておったのじゃが、手負いになった大猪が、猛り狂い長政のほうに飛び出したのじゃ!

弓・鉄砲で狙うが当らず、ますます近づいてきたのでござるよ!

その時、刀を抜いた若武者が大猪の前に立ち塞がったのでござる。

長政は「無分別は止めよ。」と叫んだが、若武者は逃げなかったのじゃ!

すれ違い様に、刀を振りかざし見事切り下げ、止めを刺したのじゃが、長政は褒めるどころか、若武者にこの言葉を言ったのじゃ。

猪相手に戦っても、手柄ではない。怪我でもすれば、武役が勤まらぬ。

もし近くに岩や木があれば、それを楯にして討ち取ればよい。

幸いにも、若武者がいた方にはちょうどいい木があったではないか。

それを利用しないのは、無分別ではないのかと・・・。

また、合戦の時は取っ組合い血を流し、敵を突き伏せ、手柄とするが畜生相手にする場合は別なのだと諭しているのでござる。

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