旅行・地域

日本の三大奇祭

備前岡山 西大寺 会陽

裸祭りの方が、お馴染みでござるかな。

このお祭りで、備前平野に春が訪れまするsun

詳しくは

http://www.saidaiji.jp/website/eyou

明日、2月16日でござるよ~heart04

結構冷えます・・・snow

お出かけの際は、防寒をしっかりしてくだされよ。

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厳島神社に参拝す

バス旅行で、厳島神社&水族館に行ってまいりましたぞ。

バスなので、朝からお酒を頂きましたぞm(_ _)m

途中はかつあいで・・・。

Dscn1945

もろフェリー乗り場、乗務員の方スマヌ。

Dscn1947

出航じゃ!

Dscn1948 見えてきましたぞ。

Dscn1949 目と鼻の先

Dscn1950 すぐに着く!!

Dscn1951 平家も良いが、毛利家も!!

続く

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薩摩国潜入

薩摩を旅してきましたぞ。

島津の本拠地へ

結構、急ぎ足でござってが・・・。

新幹線で一直線(早いでござるよ)

晩御飯食べに行ったというか・・coldsweats01

美味しい焼酎も頂きましたぞheart04

Dscn1898 桜島も活動が、活発なようで火山灰が大変じゃ!

まともに灰が来ておりまするcoldsweats02

Dscn1894 降り積もっております・・。

Dscn1896 バスや車も、看板も灰だらけじゃが、地元の人はいたって冷静でござるよ。

(観光客はわーキャー言っております)

Dscn1897_2 バス停より”知覧”に向け移動じゃ!

今回は、ピンポイントで「知覧特攻平和会館」へ

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伊予攻め準備

さて、身支度を整えておりまする。

暖かいような・・・寒いような・・・?

最近購入のジーンズを佩いていきますぞ!!

201201210755000 備中倉敷工房

なかなか良いでござろう~heart04

選んでくれて感謝感謝m(_ _)m

他にも種類がたくさんござるよ!

http://www.rakuten.ne.jp/gold/yield/kura.html

ではではそろそろ出陣horse

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旧玖我珂鉱山坑道にて

昨日は、山口県岩国市美川町まで行ってきたのでござるよ!

青年団体の家族旅行でござる・・・。(家族ってshock

岩国はお城が有名でござるが、地底王国ムーバレーと言うところに!

歴史は古く、採掘鉱山として400年前からあったそうじゃ。

天正年間に、銀が発見され慶長年間にはスズが、嘉永年間には銅が採掘されたそうでござる。

毛利藩が治めておったようでござるなhappy01

坑道は43Kmもあるそうじゃが、アトラクションとして850mを整備したようじゃ。

Cimg1439 外は蒸し暑かったが、内部は涼しい~ってトイレ行きたくなっちゃうぞcoldsweats01

朝からお酒をいただいておったせいじゃがbeer

Cimg1443 滝もあり、かなり涼しいがtoilet

探検アトラクションじゃが、なかなか見つけられず・・・。

ようやくの事に脱出happy02

Cimg1447 出られたのじゃ!

石見銀山が有名でござるが、毛利家もいろんな所を採掘しておるのじゃのう~

温泉につかり、リラックスして終了~bottle

皆さんお疲れ様でござった。

(ただの旅行記か?)

毛利家の事が少しだけ、こんなのでOKか?

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神戸祭り見聞録

神戸への旅行であったが、史跡めぐりは出来ずcrying

第40回神戸祭りを見聞でござるよsun

只今準備中Cimg1344 いい天気でござる!Cimg1345 あっという間に凄い人出Cimg1346 Cimg1347 この時点で、拙者はギブアップheart03

史跡らしいといえばこんなもの・・・。

Cimg1348 旧居留地

Cimg1349 で、中華街まで行って昼食じゃrestaurant

Cimg1352 満腹となり、次なる目的地へrun

無理やり、甲冑つながりで・・・(厳しいかcoldsweats01

Cimg1355

ともあれ、無事旅行終了!お疲れ様でござった。

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播磨国参戦記其の伍

ちょっと恐怖の体験horse

疲れてはいたものの、佐用にある”三日月藩乃井野陣屋”に行こうと決意じゃ!

その後訪れるであろう、恐怖の体験をこの時知るはずもなく・・・ヒィー(((゚Д゚)))ガタガタ

どういう訳か、三日月陣屋から道をはずれ、”上月城跡”にたどり着いたのじゃ!

20091213132645 まさに吸い寄せられるとはこの事sweat02

上月歴史資料館を見学、おじさんに「上月城跡まで何分位かかるでござろうか?」

「20~30分ほどじゃ!」そこで、登るのを決心したのじゃ。

20091213132827 尼子一党の追悼碑と山中鹿之助の碑

20091213132734 登山道入り口(曇って、少々薄暗い)

20091213132947 軽登山を甘く見てはならないのでござる。

20091213133300 この時、蛇に遭遇(帰れと警告されておったのかも・・・。)

20091213133149 蛇の気持ち悪さと、辺りの雰囲気で鼓動が早くなって息苦しいwobbly

20091213133401 かなり登って佐用町が一望(急ぎ過ぎでござったか?)

20091213133617 堀切が存在し、城であった事をうかがわせる。

20091213133951 ようやく、本丸跡に到着!(無謀さに気づき始めた、お茶くらい持ってくればよかったのじゃ)

奥に見えるのが”赤松政範一党の供養碑”

この時すでに、いやな汗が・・・。

20091213133855 上月城では攻守の入れ替わる一大決戦の地じゃったのじゃよ!

羽柴秀吉(織田方)対赤松政範(毛利方)

尼子勝久(織田方)対小早川・吉川(毛利方)

詳しい攻防の状況はこちらdownwardleft

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8A%E6%9C%88%E5%9F%8E%E3%81%AE%E6%88%A6%E3%81%84

20091213134346 二の丸付近に来たとき、背筋がゾクッと・・・。

いやな気配が(基本的に霊感はないのでござるが・・・。流石に)

ただただ、戦没者に哀悼の意を祈るばかりでござる(早く成仏してください)(人><。)

20091213134446 遥か向こうに”利神城”が見える(ここも攻防が激しかったようじゃ!)

20091213134651 下りに入って、足がガクガク   アワ((゚゚дд゚゚ ))ワワ!!

大山でヘイ松殿がなったような状況に・・・・。

パニック映画の状況でござるよ(背後に鎧武者が立ってたりしたら気絶ものじゃよ)

モヒャ━━((゜Д゜Uu))━━!!!!!!

前日の雨で、足元は悪いし逃げたい心を抑えて慎重に下山!!

教訓  ”安易な登山は止めましょう”

     ”戦没者に対して供養の心を忘れない事”

     ”自分の体力の限界を知ろう”

     ”できれば、従者と登ろう”

城跡攻めは、確かに楽しゅうござるが、もしもの時のことを考えて誰かと一緒に行く事をお勧めするでござるよ!

これにて、播磨国戦記を終了するでござるよ!

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播磨国参戦記 其の四

尊敬する”天才軍師”heart04

20091213111524 竹中半兵衛重治

難攻不落の稲葉山城を落としたりと、早世するが知名度抜群!

今を去る400有余年前、時は天正5年(1577)主君織田信長から中国征伐を命ぜられた羽柴秀吉が、播州一円の攻略に当たっていたが翌年6月、播州三木の城主別所長治の討伐に向い、平井山に本陣を構え、多くの城兵が籠城しておる三木城を完全に包囲し、約3年の歳月を要して遂に陥落した。城主別所長治一族は、城兵の助命を請うて自刃し、東播の地は完全に秀吉の(中国方面軍)手中に落ちたのじゃ!天正8年正月17日である。(この日に、お祭りがあるようじゃよ)

秀吉もこの対陣中に軍師竹中半兵衛重治を失い、大きな痛手を受けたがこれが後年秀吉が自慢する三木の兵糧攻めであり、全精力を傾けて策略をねった場所なんじゃdownwardleft

20091213104528 こんもりとした、丘に見える”平井山本陣”

ここからすぐにあるのが、”竹中半兵衛の墓”

20091213105423_2本陣側から見た”三木城跡”

わしわし、歩を進めたのじゃ!(意気揚々と)happy01

20091213105022 到着!

地元の方が供えたのか、きれいな花があったでござる。

今でも、大切にされておるのでござるな~happy01

周囲は、ブドウ畑に囲まれておりましたぞ!

軍師殿~サヨーナラー(_´Д`)ノ~~機会があればまた来ますぞcrying

看板をたよりに、平井山本陣へ

20091213105757 流石に、結構急じゃな・・・

どんどん突き進んだのじゃ

池のそばを通ったり、山道が続くcoldsweats01

20091213110140 え~まだあるの!かなり歩いたんじゃが・・・。

20091213110220 どうにかこうにか、到着でござるよキタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!

秀吉気分で、辺りを散策(本陣背後は、切り立った崖!後ろからは攻めれぬな)

こうして、平井山本陣を堪能し、軍師殿にも会え、またまたご満悦のそれがしであった!

ようやく、帰路に着いたのじゃよ!

このとき、体力の限界が近づいておる事を知らないサムライバカ・・・。

明日に続く・・・。

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播磨国参戦記其の三

宴も終わり、その翌日!

少し、二日酔い気味じゃったが、帰路に着いたのでござるが・・・。

(このまま、帰るのもと思い三木城攻略を選択heart04

愛馬ならぬ、愛車を走らせ、三木御城下へ・・・。(金物の街で有名でござるよ)

別所長治公が治めた三木城周辺(道案内ナビを見つつ進むが城下町は、やはりややこしやcrying

250pxbessyo_nagaharu 別所長治公

この方、一時は信長寄りであったが、波多野氏と共に離反(後に荒木氏も)

秀吉率いる、中国方面軍と対決したのでござる。

20091213105940 世にいう「三木の干殺し」

秀吉得意の兵糧攻めでござる!

東播磨一帯から約7500名が入城したのじゃが、支城も落とされ、籠城策をとったが打開できず、膠着状態が続いたのじゃ!(このとき、竹中半兵衛が陣没しておる)

戦の模様はこちら

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E6%9C%A8%E5%90%88%E6%88%A6

20091213095541 長治公首塚(城兵の助命と交換に一族は自刃)

今はただ うらみもあらじ 諸人の いのちにかはる 我身とおもへば

辞世

周囲を探索し、いよいよ”天才軍師 竹中半兵衛”の眠る墓所へhorse

(ナビにも載ってなく、市役所の地図を頭に叩き込んで出発したのじゃが、やはり二日酔いの影響が・・・。迷って、迷って後悔先に立たずを身をもって体感ヾ(_ _*)ハンセイ・・・)

 平井山本陣と竹中半兵衛公の墓所の報告は次回じゃ!

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播磨国参戦記 其の二

昨日の続きをお話しようhorse

20091212145929 駐車場から歩いていくと”家老門”があるのじゃ!

瓦には、脇坂家の家紋”輪違い紋”が入っておるのじゃよheart04

職人の目で見ると、葺き替えしておるの~( ゚д゚)

20091212142651 しかし、立派でござるよ!

少し歩き、武家屋敷資料館へhappy01(隣は学校の校庭が・・・。)

20091214202203( Д) ゚ ゚ むっ、無料でござるぞ(なんと豪気な)

20091212140918

ふむふむ。

「芝辻平左衛門 自分建」 鉄砲鍛冶の住いじゃったそうな!

そういえば、鉄砲鍛冶 「芝辻」はかなり有名じゃ。その一族であろうな!

当時の龍野城下町では、このクラスの屋敷は、およそ二人扶持(ににんぶち)御流格もしくは、御盃格の武家が生活しておったそうじゃ!

主屋 139.83㎡ 

その他含め 207.22㎡

(武家屋敷資料館パンフレットより)

勉強になり申した(サンキュー感謝!φ(・ω・ )

で、昨日のお城に続くのである!

20091212142900_2 櫓を見上げる・・・。

石がころころ落とされたらイチコロなんちゃって(/ω\)ハズカシーィ

20091212142951 櫓に接近!

20091212143020 内側から見てみた!

20091212145230 これが、龍野城本丸御殿!(後方の山に山城が在ったようでござる。)

こうして、龍野を満喫したのじゃ。城下町の雰囲気が色濃く残っておるし、また寄ってみたいものでござるよ。

その夜、宴に参加しベロベロに酔ったのは言うまでもない・・・。ヾ(_ _*)ハンセイ・・・

ちなみに今日は討ち入りの日でござるよ!

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